小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

普通の話ができない

ある程度親しいか、通じるかどうかが分かった人でない限り、会話は苦手だ。間違いなく、「はぁ…?」な反応をされるか、冷めた目で見られるからだ。

厨二病か何かかと思いたいが、そうでもないようだ。そういう風に生まれてしまったらしい。

例えば人との出会い1つでも、まず"文通”というだけで反応に困ってる雰囲気になる。別に、彼氏やらというものがいる訳でもない、その"彼氏"というものに興味もない。好きなものと言えばスピッツやみどりいろ(しかもちょっともそっとした)なんかだけど、腰キメて歌うところだったり歌詞の強さや比喩だったり、文具の色に拘る話なんて尚更困惑される。通じないと分かっているから、喋らない。それがまた、謎なような、遠ざけているような風に見せるらしい。知ったこっちゃないのだが。

 

普通の話がしたい訳ではない。そもそもできないし。食べ物の話だって、景色の話だって、絶対どこかずれるのだ。理解されないポイントに入ってしまうのだ。ニッチだなんて言われることもある。でも正直、そういう自分が好きだ。好きじゃないとやってられないのかもしれないが、自分が創り上げるもの、自分を創っているものが好きだ。変な話、目つきが悪いと散々言われた目だって、アスリート女子やらたくましいやら言われた身体だって気に入っている。どんな事でも楽しみを見つけてしまうところも、何をやっても人並み以上にはできてしまう所も。もちろん、それだけのことはしている、無意識だけど。

だからこそ、ともだちがほしいのだ。普通の話ができないともだちを、探している。


 私はたまに、トラップを仕掛ける。まぁ分からなくもないか…という例えだ。最近使ったのは文章で、なかなかしっくりする表現が出て来なかった時に「絵柄も形もすごく似ているのに実は違うピースで、それでもはめてみたけどやっぱり違う」と、パズルに例えた。

通じない人は、「あー…わかるかも」とかで終わるし、通じる人は「あれでしょ?むりやり外したから端の方が捲れてくる、みたいな」と乗っかってくる。

後は、通じると分かった人にだけそういう部分を出してしまえばいいのだ。

そういうのを見せたときに、大体の人が新しい見たこともないものを与えられた子供のような表情をする。それを見るのが、好きだ。

 

そういえば、中学からの友人(名前が出せないので、仕方なくこの表記を使う)を見つけたときもそうだった。初めて同じクラスになって、話しかけなければいけない気がした。その時は分からなかったが、彼女は通じる人だった。面白いくらい笑ってくれるし、こちらも笑い上戸なのでそれはそれはカオスなのだが、その空間がとても好きだ。