小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

苦痛

呼吸が出来ると言う事実さえも鬱陶しくなるくらいには疲れているらしい。このところ、そういう記事しか書いていないような気がする。折角楽しいことがあっても、そこが上手いこと別の奴がさらっていっているとしか思えないくらい、自分で感じることが出来ていない。楽しいということは分かる。それを感じているのが自分だということは分からない。そりゃ、鬱陶しくもなるだろうと、新しく購入したマグカップを眺めながら考えていた。

こういう部分でも何かしら自分のテンションの上がるものを使いたいのだ。そうでもしていないと、侵食されて最終的には何もなくなりそうな気がする。実際そんなことはありえないのだが、人が変わったようだという言葉があるのだから、もしかするとそうなることもあるのかもしれない。その時自分がどういう状態かなんてことは考えたくない。

 

 

ちょっとでも何かかきたかった。2月頃から、ほぼ日手帳には白いページが増えた。書きたいのに書けない。それは時間的にということもあるのだが、時間があっても気乗りしない。何を書けばいいのか分からなくなっているというよりは、書きたいことが浮かばないのかもしれない。いや、書こうと思えば書ける。何かを避けているのだろうか。そういえば最近、文章があまり浮かんでこない。