小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

わたしは、

本番に強いと、よく言われる。
祝日前の喧騒の中、ぼんやりと、なんでもない過去を思い出していた。
直近で、コンペの作品。その前は、面接の日。他は、部活の試合であるとか、先のことを決める選択だ。最も一番最後は結果論でしかないのだが、それでもそれなりの勘のようなものはあるのではないかと思っている。
思い出していたのは、面接の日のことだ。即興でひとつ、考えさせられた。そして、ひとつがすぐに浮かんだ。が、躊躇した。いつもなら逃げ道を探すように、当たり障りのないものを考えるだろう。面接官の特性と、その場の雰囲気もあったのかもしれない。躊躇して2秒後に、それを口にしていた。なにも恐れてはいなかった。その後も、テーマとなったものに対して否定的な疑問を会話の中にするりと忍び込ませてきたのだが、それが私の好きなもののひとつだったので、いつものように会話をしてしまった。面接は、合格した。
今までの面接と何が違うのか。もちろん本気かどうかなどの雰囲気もあるだろう。ただ、一番大きいのは、無意識のうちに"本番"と"そうでないもの"を区別していたことだと思う。本番以外の場所では、私の欠点が顕著にあらわれる。空気を探る。正解を搾り出そうとする。そんなものもやはり結果論であって、存在するわけはないのだが。
そして、実際に"働く"という場面は、私にとっての"本番"ではないらしい。対人という壁があるせいかもしれないが、不必要にきょろきょろとしながら過ごしている。それが、いわゆる普通ではないのだろうという自覚もある。そして、壁を増やす。そんな風に生きている。
輪の中に混じる自分が、不自然で不自然でしかたなくて、いたたまれないのだ。