小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

はてなは、

1ヶ月ほどの間に人を忘れるということが分かった。開けろ、私だ。

 

仕事は順調どころか、それはもうRPGのように、小さなアイテムから大きな武器までが社内にごろごろと転がっているので、それを集めるのに必死になっている。

(どうでもいいが、仕事では基本的にですます調で書くので、である調を忘れかけていた。週に1度でも、書けばいいのだけど。頭の中で、自分の声で文章を読み上げてはくれるのだが、それを入力する気力体力が残っていなかったのだ。)

例えば、人のちょっとした言い回しであるとか、スペースの使い方、電話対応の時の便利なフレーズ、判断の仕方から、ソフトの使用スキルなど。

様々なことを突き詰めてより良いものにしたいと、公私・分類問わずいつも考えている私にとっては、宝箱のような職場だ。他の職場がだめだった、とかではない。他も、結構色々なものが落ちていた。ただ、箱の種類と大きさが違うだけで。

 

結局のところ、“共有”をしたかったのだろう。幼い頃から話を聞いてもらえる、ということがほぼ無かったので、こうやって今、こじらせているのだと思う。あとはやはり、箱だろうか。ホチキスの芯ほどの箱でも、洗濯機が入ってそうな箱でも、なんでもいい。何か面白く見えそうな角度があれば、結構面白いことになると思っている。

 

深層心理だ何だというけれど、文章はすごく面白い。どうやって書いても自己投影になるし、関係ないことになるだろうと行間をあけても、頭の無意識の部分はそのつもりで書いていないから、どこかで繋がってしまう。

自分にひとかすりもしないものなんて、書ける訳がない。実体験ではない物語だって、妄想や想像という形で作者の中に存在している。その中の、例えば主人公の境遇一つとっても、その妄想は、これまで何かしらで見たもの、聞いたもの、培ってきたものに、少しでもかすっていると思う。

そう考えながら文章を読むと犬が鹿の骨を噛むレベルで色々と楽しめそうだけど、実際は、ほぼやっていない。