小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

ちいさなしあわせ

と書くと、どこぞのゆるふわ女なんかを連想されそうなのだけれども、そういうものに助けられながらなんとか生き続けている。もちろん、それを与えてくれる人も含む。

今は、いただいた大場味噌で食べる為に今ちいさなおにぎりを3つ、焼いているところだ。

 

食べることが好きだ。美味しいものを食べるのも、好きなものをたくさん食べるのも。何かを食べた時は初めて食べたんじゃないかと思われるような顔をしているらしく(鏡を目の前においてご飯を食べるわけにもいかないので、当然本人はそれを知らない)、それで金を取れるといわれることもある。

現状私は仕方なく生きていて、そのためにニート1号・2号・3号(大きい順に)をお供に、面白いことを探したり美味しいものを食べたりしている。

 

それを口にすることで、数日後、数週間後、数ヵ月後にそれは私の血肉になっているという事象は、とても面白いものである。先日食べた焼肉も、松屋のネギ塩豚カルビ丼も、今食べているこの焼きおにぎりも、私の髪や爪、肉体を形成する一部になってしまうのだ。ただ、口から入れただけで。そう思うと、一口のご飯でさえ愛おしく思えたりする。まぁ、普段そんなことなんてこれっぽっちも考えてはいないのだけれど。

 

生きていて楽しそうだ、幸せそうだと言われることが増えた。それは「悩みなんてなさそうね」というような軽いものではなく、私が心底この世で生きるのが辛すぎて生きるのが辛いということを大なり小なり理解を示してくれている人たちからである。

そういう人たちから言われると、すんなりと飲み込めてしまうから、現金なものだ。

生きづらい世界に酸素補給できる場所が少し増えて、その分、息苦しさも濃くなった。これはもう、あきらめるしかないのだろう。