小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

墓穴の用意は、よろしいですか?

朝っぱらからバスに乗り病院を目指し、年末年始休暇は12/26~という残酷な張り紙を受け入れ、悪戯に500円を失って帰ってきた。

今は、チョコスナックとカップヌードルのシーフード味を胃へ送り込んだところである。胃が小さくなっているというのに、待ち時間にチョコスナックを食べ、案の定苦しい胃の中に残りのカップヌードル3口を詰め込む羽目になった。

私は、食べ物を残すということが嫌いだ。勿論食べられなくて無理やり詰め込む、ということも、家で一人で食べる時以外はしない。

食べることが好きだ。機械的に作られるプラスティック製品のように、全く同じ味というものは存在しない。人間の方も、同じコンディションの時など99%存在しえないと思っている。その組み合わせなのだから、同じ食べ物でも、食べるごとに味は僅かでも違うと思うし、それを味わうのが好きなのだ。

今日はどんな味だろうか、そんなことを考えながら本能を満たしていく。

 

私は、人一倍警戒心が強いらしい。その証拠に、社内で懐に入るのが上手いと言われる人と話しても、そんな風には思えない。ガードが固すぎるのだろう。

人というものは、大半のことを忘れる。忘れられるから、生きていける。

私もすべてがすべてを覚えているわけではないのだが、異常と言われる域に近いくらいには強いらしい。

人は、忘れる。悪戯に入り込んで、引っ掻き回して、そのまま忘れてしまう。私はそのときの情景を、ビデオカメラで録画していたかのように脳内で再生し、その度に嫌な思いをする。それは私の意思とは関係なく、だ。

私が必要以上に他人を精神面でのパーソナルスペースに入れたくないのには、それも関係するのだろう。