小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

僕の鳥

一通りの用事を済ませて家に帰り、どうせ明日がセールだしと思いながらスーパーのネットチラシを見ていたのだが、そういうときに限って今日がセールだったりするものだから、どうしようもない。何がどうしようもないかって言うと何でもないのだが、しいて言えば、明日気付いたのなら諦めもついたのにとか、この暑い中にまた出て行くのかとか、でも少しでも節約したいし…という思いだろうか。

そうして私は、1週間分の鶏胸・腿肉と、卵を手に入れたのである。勿論レジは、あの可愛いおばちゃんだ。土日ということもあってかなりの数のレジが開いており、混雑もしていなかったので、おばちゃんのレジを探してそこに行った。最近では、いる時間帯も把握してきてしまっている。

デパートのような特別丁寧な接客をするわけでもなく、かと言って乱雑に商品をカゴに入れ、無愛想な接客をするわけでももなく、その間のちょうどいいところがとても好きだし、自分が許される気がするのだ。

かつてコンビニ店員だった頃、時給の割に接客態度や気遣いなど、全てをフルで出していた。年数を追えば追うほど、小銭を投げて置くような人やただサンドバッグを探しているような人など、きっと疲れてたり荒んでいたりイラついていたりしているんだろうなと思われる人の率が増えていった。それでも馬鹿みたいにニコニコと接客をしているのが、すごく嫌になったこともある。

だからだろうか。今行くコンビニは、愛想って何ですか?という勢いで下手をすればいらっしゃいませすら言わないし、聞き返さないと聞き取れないくらい声が小さいし、レシートなんかも半ばこちらに飛ばすような形で渡してくる。それでも許されているのが、羨ましい。もちろん、ニコニコとしていたのは自分だし、それはそれでお客さんに色々貰ったりといい事もたくさんあったし、しなければ良かったなどとは思っていない。ただ、何とも言えない思いだけがぐるぐると渦巻いて、残っている。

 

相変わらず”まとも”な生活を送るのに精一杯で、精一杯なのにまだ”まとも”の最低ラインすらクリアしていない。1年前はできていたことなのだけれど。

その間変わったことといえば、人と接することを増やしてしまったことだろうか。

無理なものは無理なのだ。