小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

可愛らしい

という言葉は、このためにあるのではないだろうか。 このブログを読んでいる人なら、ある程度の人は気付いているかもしれない。もしくは、ただ読むための物だけと認識しているから、そもそもそんなことが書いてあったということすら覚えていないかもしれない。

私は、女学生のような可愛らしいおばちゃんが大好きだ。

2、3人で連れ立ってコンビニに来店し、子犬なんかがじゃれて遊ぶようにころころと店内をまわって新しいものを見つけては、報告しあう。

あるいは、アルバイトの初出勤日に挨拶したのが、同年代では私だけだったというだけで覚えていてくれたおばちゃんは、「もう死んじゃうだけだから!」と言いながら、元気に卓球台の周りを跳ね回っている。

この前の記事書いたレジのおばちゃんは、今日はいなかった。

 

ビタミンが足りていない気がしたので、オレンジを2つ買った。 それから安売りの卵と肉を捕まえてカゴに放り込み、そのついでに、お勤め品の明太子を労わるように卵パックの上に乗せた。 一通り揃えてからレジを通って袋詰めをするのだけれど、詰めていると、おじさんが1人、卵パックを持ってきて、台の上に乗せた。

どうやら奥さんと一緒に買い物に来ているらしい。お出かけ用の背広を着て、ハットをかぶっている。

しばらくして、おばちゃんが来た。 どうして可愛いおばちゃんというのは、そろいも揃って身長150~155cmくらいで、髪の毛はパーマがかってて、少女のような笑顔なのだろうか。

おまけに、「しょうが焼きはあんまり作ったことなくて…ちゃんと作れるかしら。まずいかもしれないけど、我慢してね。」なんて言っている。

おじさんは物静かな人だったけれど、2人の雰囲気はとてもあたたかかった。それはもう、2人にお礼を言って帰りたいくらいだった。

 

そのおばちゃんの言葉選びはとても上手くて、でも日常会話ということは、素のままで出てきた言葉たちなのだろう。 どうせ長生きしてしまうのなら、ああいうおばちゃんになれたらと思う。