小春日和

だめなひとの雑記帳

現実がつらい

何か辛いことがあるとか、これから先あるとか、嫌なことがあるとか、嫌な目に遭ったとか、そういうことは一切なくて、これはまた私の“いつもの暴走”なのだ、きっと。

兆候は数日前から感じていたものの、音楽を聴きながら作業しているだけでこんなに一気に近づいてくるものだとは思っていなかったというか、分かっていたというか、あえてそうしたのかもしれないという気すらしている。

私は時々、勝手にそういうことをする。

それは私の意思かもしれないしそうでないのかもしれないけれど、動かしているのは私自身なのだから、結局のところ私が勝手にやったことなのだ。

 

息をするのが、存在するのが、辛いと思うのはいつものことだった。それも最近は大分薄れて(それでも時々波が来たりはするけれど)なんとかそれなりに暮らせていたつもりなのに、こういう時に津波のように一気に押し寄せてくるから質が悪い。

全部、切り捨ててしまいたくなるのだ。何もかもを。でも、現状そんなことはできなくて、いつも誰かに助けてもらいながらなんとか戻っては来るのだけれど、それでも現実の辛さはどうにもならない。結局これは、どうしてやるのがいいのだろうか。いまだに分からないから、もしかするとやり過ごすことしかできないのかもしれないし、こんな風にどうしようもない文章を生み出すのもいいのかもしれない。

 

存在しているだけで、空気と自分の接点がびりびりするような変な感覚に陥る。それは、合わないところに無理やりねじ込んんだパズルのピースのような感覚で、お前はここじゃないと言われているようで、そんなのは分かっているから外れようとするんだけれども上手く外れずに、結局、ピースの端がはがれてもさもさになっただけで終わるんだ、きっと。

 

この年までもがき続けているなんて思ってもいなかったし、思いたくもなかった。ただ何も考えずに生きているのが普通の側に行きたいと思ったこともあったけれど、その時点でそれは自分ではないということも分かっていたから、それはあきらめた。

大体のことは「発達障害の特性ですね」で片付いてしまう。本当にそうかはよく分からない。いくら研究して分析しても、100%分かりきるなんてことはないだろうし、本来持っているものと発達障害の区切りだって見えるものではない。だから私は一生分からずに、きっともがいたまま生きていくんだろう。

大体の人生はそういうものかもしれない。でも私は人生なんてまだ1回目だし、2回目があるかも分からないし、人の人生だってよく知らないし。

 

なんだろうね、これは。

とりあえず中身を整頓したかったってことでここに書き捨てて、やるべきことに戻ろうと思う。

1100文字程度ってこういう風なら12分で書けるんだな。どうでもいいけど。