小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

刺されるよ

押されるよ
切られるよ

我ながら何処の忍びだと突っ込みたくなる。そういう教育(せんのう)を受けてきた。
肩がぶつかっただけで腕を切り落とされることがあるのよ、鞄ごと腕を切られるのよ、気を付けなさい、気を付けなさい…
元々離人感のようなものが強かった私にとって、外は全て敵であり、私以外の人間は敵だと認識していた。小学生の頃は、冬はリュックを背負った上にコートを着たり、斜めがけをかけた上からコートを着る徹底ぶりだった。今でも、可能な限り壁を背にして立つし、電車待ちでは押されてもバランスを崩しにくいよう、まっすぐホームに向かう立ち方はしないようにしている。ほんとうに、ばかばかしい。でも、100%ありえないと言い切れるということも、ありえないのだ。
何のためにそうしているのか、分からない。最早習慣になっている。後ろに人が立てば、気配を常に感じている。これで寿命が減るのであれば、願ってもないことなのだが、そんなに弱くもないのだろう、生き物というものは。

恐らく母親は、そういう海外や危ない人の知識を持っている自分に酔っていて、それを英才教育のように子供に教えている自分にもまた、酔っていた。
この話をしたら、やっぱり私の子ね、か、馬鹿じゃないの、か。今ではどちらが飛んでくるだろうか。

今では恐ろしいほどに冷めている。どうでもいいのだ。一生のうちに会うことは、まだあるだろうか。