小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

それでも覚えていたようで

書いたら書いたで覚えていてくれるのだから、はてなはあまのじゃくか何かなのかもしれない。

久々にログインしたはてなは、しばらく何も書いていなかったにも関わらず、今月のPVが100を超えたことをお知らせしてくれていた。

ブログの存在は頭の片隅にずっとひっそりと佇んでいる程度には覚えていたのだけれど、なかなか書けなかった。

電光掲示板は、気まぐれにガタガタと動いていたように思う。ただ、前のように書けるかどうかが分からなくて逃げていたのかもしれない。

元々大した文章など書いていないのだから、逃げるも何もないのだけれども。

 

昔から、こうはなるまい、ならないだろう、と考えた方向に物事が進むことが多かった。潜在意識に沿って行動していると言われればそれまでなのかもしれないけれど、つまり今、そういう生活をしている。

必要であってこうなっているのだろうと頭で考えることは容易いのだけれど、なかなかいろいろなことがついてこず、ADHDの二次障害をひきずりながら、なんとか生きてしまっている。早い話が、ぐちゃぐちゃである。

 

どうしたものか…そればかりがぐるぐると頭の中をせわしく飛び回っている毎日だ。

休止中

いつもなら気まぐれに文字を流しだす脳内の電光掲示板が休止してしまって、しばらく経つ。

文章どころか、好きなこと、好きな食べ物、やりたいこと、楽しいこと、その他いろんなことが分からなくなってしまって、途方に暮れている。

元に戻りそうな兆しがほんの少しだけあるものの、なかなか着火せずに、もどかしい気持ちだけがただぐるぐると回り続けている。

そんな毎日も、もう何ヶ月目だろうか。

ADHDの相方に鬱状態というものがあることはよく分かったのだが、肝心の飼いならし方は分からないままである。

生きづらさの正体が分かっただけよかったのかもしれないけれど、それでも、生きづらいなりに楽しく過ごしていた時期もあった訳で、それを追いかけたくなってしまう。

電光掲示板が休止してしまっているから、文章すらろくに書けない。

こんな状態でまた元の生活に戻すことができるのかな、なんて考える。

別の生き方を見つければいいのだけど、自走できる自信がない。どうしたもんか。

 

あぁ、やっぱりか。

1年前はどうしていたのだろうかと、過去の記事を掘り返してみた。

それっぽくやっているように見えて、実は、ある意味で最強に空気が読めていなかったのではないかと、ゾッとしてみたりしている。

まぁ、そうしたところでどうしようもないのだけれど。

先日の通院で、「知ってよかった、大人のADHD」という本をすすめられた。

先の記事で普通の範囲内だと書いているのだが、どうやら、ADHDだったらしい。

生きづらさの理由が半分はっきりしたものの、どうしたらいいのか、困惑していたりする。

とりあえず、本を読んで向き合うところから始めてみようと思う。

遠心力

ゲーム機を開いて起動し、少し眺めては閉じ、本を取ろうと起き上がっては悩み、寝ようとしては起き上がり、出かけようとして着替えを手にとっては元に戻す…そんな、何かにぶんぶんと振り回されているような生活を送っている。なんだか最近のこのブログは鬱日記みたいになってしまっているが、それはそれで仕方ないのかなと思わなくもない。面白くはないのだろうけれど。

薬のおかげでフラッシュバックは大分ぼんやりとしたものになったが、薬の副作用なのかそうでないのか微妙なところではあるが、だるくて床や布団にへばりついて離れられなくなってしまうという困った問題もある。

ニート1号こと犬は私が家にいることに完全に慣れてしまい、ちょっとした買い物ですら寂しそうにして見せるようになった。いや、それは元々かもしれない。

 

こういう状態だから視界もさぞぼやけるんだろうと思っていたのだけれど、ここ半月くらいはずっと、オートフォーカスでもついているかのようにぴったりと、ピントが合っている。目と物の距離が、実際の映像と一致しているとき、私はピントが合うという風にとらえている。そうでないときは、背後の30度くらい上から見下ろしているような、ぼんやりとした視界の中で過ごしている。

自分を他人視しているから怪我をしてもあまり鋭い痛みはこないし、それは心も同様で、調子が悪い時には自分でも呆れるくらい攻撃的になったりもするから、困る。

虐待やなんかの記憶もそうやって守ってきたので、こういう時にフラッシュバックがくると、ちょっと苦しかったりもする。だから何だ、という話なのだけれども。

だからと言って別に私かわいそうだなんて思わないし、ただただ生きづらい体に生まれたもんだと思いながら、いかに上手く操縦するか考えるだけなのである。その考えるという部分が、鬱のせいでイカれてるんだけれど。

あえてこういう書きかたにすることで、多少なり認知効果があるのではないかと思ってそう書いてみた。自分を責めるのはよくないらしい。無意識に責めていたりするから厄介で、そういうところも直さなければならないのだと思う。

 

そしてこういうことを書くと大体、それ、医者に言えばいいじゃないかという内容になるので、恐らくこの日記も印刷して切り抜いて貼り付けて、持っていくことになるのだろう。やれやれ。

波乗り日和

大体2週間~1ヶ月に1回くらいのペースで波の切り替えポイントがやってきて、落ち着いたり、なんだかテンションが高くなったり、反対に生きているのが嫌で嫌で仕方なくなったりしする波に乗せ換えられているような日常だ。

今は生きているのが嫌な方で、何があるわけでもないけれど、生きていること自体が辛くてやるせない思いに足をつかまれて逃げられないような、そんな感じである。

それは記憶している限りだと子供のころからで、生の違和感とは死ぬまで切り離せないのだろう。

だから大したことないといえばそうなのだけれど(別に自殺願望や希死念慮があるわけでもない。それとはまた違う気がする)、しんどいものはしんどいので、その辺とうまく付き合っていけたらと思ってはいるものの、相手はそうでないようで、足をつかんでみたり上に放り投げてみたり、好き放題遊ばれてしまっている。

そういう時の私は、起き抜けに開口一番「疲れた」と言うので、これが出ると、「来たな」と思うようになった。

こうなると、予約を取るとかちょっとしたことにでも、悪い方へ行くしかないというような被害妄想をし、しばし悩んで電話をして解決すると、ほっとするかと思いきや、あれはああいう風に取られたんじゃないだろうかとか、そういうしても仕方のない大反省会を頭の中で繰り広げてしまう。

それは何度打ち消そうと頭にクリーナーをぶっかけても、その材質には効きませんよというように、クリーナーの隙間から顔を出し、上半身が出て、下半身、最後には全身と、完全に元通りになってしまうのだ。

全く、厄介なことこの上ないことである。

そうして記憶のロード―ショーが脳内を流れている間、無意識に「バカだからなー」などと言ってしまっているので、これもやめたいことが1つ増えてしまった。自己暗示ほど恐ろしく厄介なものはないと思う。

記憶のロード―ショーも刷り込みにしかなり得なくて、それはただのフラッシュバック製造機でしかないのに、それを上手くコントロールできないのは、私の映像記憶力が人よりも強いからなのかもしれないと、最近考えた。

 

先ほどまで、診察に持っていくためのノートを書いていたのだけれど(考えながらしゃべるのが苦手で、だんまりになりながら考え込んでしまったり、全然関係ないところに注意をひかれてしまうところがあるので、診察なんかのときにはノートやメモを持っていくようにしている)、これを持って行った方が早い気がしているので、そうすることにした。