小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

みのの中のあの子

昔は、ミノムシがとても好きだった。

あの見た目に心底惚れこんでいて、見つける度に枝や壁から外しては、てのひらの上で転がして弄んでいた。彼らにとっては大迷惑な話である。

一度だけ、子供ながらの好奇心で、みのをそっと剝いでいったことがある。

そこから出てきたのは、きっとかわいらしい虫が入っているんだという期待とは裏腹に、茶色くて細くて少しげじっとした、変な虫だった。

今でこそかわいいと思うのだけれど、当時はそれがなんだかつまらなくて、確か、殺してしまったと記憶している。そうやって生死について学んでいくものだとは言うけれど、それにしては私はたくさんの生き物を殺してきすぎたのではないかと、ふと罪悪感にかられることがある。

だから今は、マンションの中や職場内などで虫やトカゲを見つければ、毒や針のない限りは素手でつかんで外に出すようにしている。ただの罪滅ぼしなのだけれど。

そんな、ミノムシのような生活も、もう5か月目に入ろうとしている。

今月は特に悲惨で、スーパーには3回くらいしか行ってないんじゃないだろうか。ネットスーパーにもお世話になった。

それくらい、調子が悪かったのだ。

今日は午前中は布団の中で丸まっていたのだけれど、それがどうしてか、急に外に出たくなった。食料も減ってきていたので、スーパーに行くのに丁度良い条件が2つそろった。今、カーソルのせいで、食料が”お食料”になっていた。上品なパソコンである。

ニートたちに食事を用意した後、いそいそとスーパーに出かけた。その帰り道、なんとなく空を見た。突き抜けるような青空というのはこういう色のことなのだろうか、と思うほどにきれいな空色をしていた。

雲は出ていたのだけれど、まっすぐとした台のような雲で、その奥に空色が広がっていた。私は英語は好きだけれど、最低限の教養しかない。そのレベルでの解釈なのだが、Whole new worldの歌詞のclystal clearというのはこういう感じなのだろうか、と思うような色だった。

 

外に出るのはなかなか悪くないということは知っている。

それでも、出ることを体全体が拒否してしまうこととがある。

そういうときでも、とりあえず窓をあけて眺めてみるだけでもいいのかもしれないと思った午後だった。