小 春 日 和

だめなひとの雑記帳

ただいま、と同時に

ニート1号2号3号の生死を確かめる。それが私の日課だ。

1分先に彼らが生きている保証はない。

朝家を出るのだって、不安だし、時間もかかる。調子の悪い時なんかは、鍵を閉めた後に2~3回、出たり入ったりする。電源タップのコードは抜いただろうか、エアコンのタイマーはかけただろうか、除湿機をつけたままにして…それだと火事が怖いかなと、わざわざ切りに行く。何かあった時でも、最善を尽くしていたと言う安心感がほしいのか。それでも実際何か起きると色々穿り返しては落ち込むのが人間というもので、どうしようもないのも分かっている。

強迫を疑ったこともある。中学2、3年の辺りなんかは深夜に起き出して、ガスや戸締りを確認してから再び寝るし、家を出て鍵を閉めたあと、戻って確認することも常だ。お店でお釣りを渡されるときに手を握られるのも、正直気持ち悪い。何をさわったとか、潔癖とか、汚いとか、そういうことじゃない。私の範囲に入らないでほしい。それでも生活に支障を来たすレベルかと言うと、そうではないだろうから、違うというところに落ち着いている(何度も何度もドアノブをガチャガチャしたりはしないし、数分置きに手を洗いに行くわけでもない)。

 

安心できる場所など、存在しない。

結局、ここに行き着くのだなと、最近改めて思った。今いる場所は借り物の部屋だし、じゃあ持ち家だったら安心するのかって言うと、やっぱりそれも違う。自分の支配している空間ではない(そんなもの、どうやっても無理なのだけど)。

陣取りゲームと考えて、右に1号、左に3号、間に私がいるとする。その3点を結んだ空間は、まだ親指の爪1枚分くらいは安心できるのかもしれない。